SynBioポータル

合成生物学(Synthetic Biology)のポータルサイトです

新たな産業革命の中核となる「合成生物学」の最新情報、有用性、可能性、振興策、安全性について、社会との関係も含め議論していきます。

バックナンバー2023年8月

 
Ginkgo Bioworks(DNA (NYSE))は、Jason KellyらMITの5人の科学者によって2008年に設立されたボストンのバイオテク企業。2021年9月、ニューヨーク証券取引所に上場しています。合成生物学分野では、最もよく知られている企業の一つです。 8月29日、Ginkgo BioworksとGoogle Cloudが、 5 年間にわたるクラウド人工知能技術のコラボレーションを発表しました。この戦略的なパートナーシップにより、Ginkgo Bioworksは生物学とバイオセキュリティのためのAIを活用したツールの開発を行うとしています。 8月31日まで、サンフランシスコで開催中のGoogle Cloud Nextでも内容の発表があるとされています。また10月3日には、Ginkgoによる投資家向けの説明会が開催されるようです。 以下、これまでの報道発表からポイントをまとめてみます。
 
カカポの個別化医療
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合成生物学には、多様なゲノム情報の保存、更には絶滅から復活させるDe-extinctionといった課題もあります。 カカポ(マオリ語: kākāpō(カーカーポー)、フクロウオウム(梟鸚鵡)、学名: Strigops habroptilus)は、ニュージーランド固有のオウムの一種です。 https://en.wikipedia.org/wiki/Kākāpō 夜行性で飛べない鳥であること、最も体重が重たいオウムであること、レック(lek)と呼ばれる独特の繁殖法を持ち、100年近く長生きするとも言われています。 カカポは小型の陸上哺乳類もいないニュージーランドという天敵のいない土地に生息してきました。その結果、人にも警戒心が全くないといいます。ニュージーランドに、人類や他の哺乳類がやってくると、その数は激減することになり、絶滅の危機に瀕することになりました。 過去数十年にわたる様々な保護活動で、回復はしたものの、現在、生存個体数が確認されているのは250羽ほどです。生存カカポの数を日々更新している、こちらのウェッブサイト「Kākāpō Recovery」では、8月29日現在、247羽だとしています。 この数字の存在は、個体のすべてが把握されていることを示しており、実際にすべての個体がタグ付けされ、名前がついているそうです。 8月28日、ニュージーランド、オタゴ大学のグループと保護活動家のチームは、生存している個体と死後保存されているサンプルの両方から、2018年当時のほぼ全個体数に相当する169羽のカカポのゲノムを解読したと報告しています[1]。
 
ムスタファ・スレイマン「 The Coming Wave 」の波とは
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ムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman, 1984-)は、Google傘下DeepMindの共同創設者です。最近は、「パーソナルAI」を目指すスタートアップInflection AIのCEOとしても注目されています。 そのスレイマンと共同執筆者による「The Coming Wave: Technology, Power, and the Twenty-first Century's Greatest Dilemma(来るべき波: テクノロジー、パワー、21世紀最大のジレンマ[仮訳])」という新刊本(英語)が、来る9月5日に発売されます。大々的にキャンペーンをやっているようで、その書評があちこちにでていますので、紹介したいと思います。 ここでスレイマンが言う「波」とは、「人工知能と合成生物学という2つの中核的な技術によって定義されるもの」ということです。 まず、この本について寄せられているコメントです。論客として知られるビッグネームの推薦で、これだけで読んでみたくなります。邦訳も発売されることでしょう。 「魅力的で、よく書かれた、重要な本。」—ユヴァル・ノア・ハラリ 「必読書」—ダニエル・カーネマン 「前例のない時代を乗り切るための優れたガイド。」―ビル・ゲイツ まず、著者のムスタファ・スレイマンについて。 ムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman、1984年8月生まれ)は、イギリスの人工知能研究者、起業家。グーグルが買収し、現在はアルファベットが所有する人工知能企業ディープマインド(DeepMind)の共同創業者であり、応用AI部門の元責任者である。現在は、Inflection AIのCEO。 彼の言う「波」とは、人工知能 (AI) と合成生物学であり、今後10年は、この強力で急速に普及する新技術の波によって支配されるだろうと予測しています。
 
新型プログラマブル・ヌクレアーゼ
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プログラム可能な部位特異的ヌクレアーゼは、合成生物学を代表するツールの一つです[注]。これを用いるゲノム編集技術関係の話題は、大雑把に4種類あると思います。 ゲノム編集関係のニュースは、これらの4つのどこにポイントがあるか、考えてみるとわかりやすいと思います。 ①デリバリー。ゲノム編集ツールをどのように標的とするゲノムに届けるか、ということです。ツールを組み立てるのは容易なので、それをどのように細胞やその核など、標的となる核酸のある場所に届けるか、という点です。 ②ツール改良。オフターゲットなど特異性や効率に関わる改良です。意図した標的でないところも編集してしまったら、問題です。メカニズムや構造についての研究は、これを目的にしていることが多いです。③とも関係しているのですが、オフターゲットと一言で言ってしまうのもまた問題で、さまざま変なことが起こることがあるので、そうならないような技術も必要です。 ③結果の多様化。塩基を置き換えたり、大きく配列を換えたり、新しい配列を入れたりするような多様な編集結果をもたらす方法です。配列を置き換えるだけでなく、遺伝子発現を制御するといった違った使い方もあります。 ④ゲノム編集技術そのものの開発。Cas9以外のツールも次々開発されています[注]。DNAだけでなくRNAについての技術も含まれます。 おそらく、「新しいゲノム編集生物ができた」といった最近の報道は、ゲノム編集そのものに新規性があるのではなくて、①の対象となるそれぞれの生物にゲノム編集ツールを届ける方法を工夫、開発したというところに本質があることがほとんどです。つまり、ゲノム編集技術そのものの開発ではないことが多いです。極端な場合、ヒトに適用したという話題も、技術の面だけからは、この①に相当する可能性が高いです。 いずれにしても、利用頻度の高いCRISPR-Cas9だけでなく、④ゲノム編集技術そのものの開発ということで、CRISPR-Cas9とは全く違った方法があると、①から③が全く違う形で解決されてしまう可能性はあるのかもしれません。 そんななか、8月10日、サウジアラビアのキング・アブドゥッラー科学技術大学 (KAUST) のグループが、PNAアシストpAgo編集(PNP編集)と称するArgonauteタンパク質を使った新しいプログラム可能な部位特異的ヌクレアーゼを開発し、Nuc. Acid Res誌に発表しています[1]。 Marsic T. et al. (2023) Programmable site-specific DNA double-strand breaks via PNA-assisted prokaryotic Argonautes. Nucleic Acids Res. gkad655. https://doi.org/10.1093/nar/gkad655 KAUSTは、サウジアラビア初の工科系大学であり男女共学制で2009年9月に100億ドル(1兆数千億円)で紅海側のメッカ近くに設立された大学で、まだ設立されたばかりですが、アジアで最も注目されている理工系大学の一つです。 Argonauteタンパク質ファミリーのメンバーは、原核生物の中では、古細菌と真正細菌の一部に見られますが、原核生物アルゴノート (pAgo) タンパク質は、バクテリオファージや接合プラスミドから侵入する遺伝要素を防御するための自然免疫システムとして機能します。 pAgoは、ヌクレアーゼ ドメインを1つしか持ちません。 したがって、二本鎖切断の生成には、標的 DNA 配列の上鎖と下鎖上の 2 つのpAgo 複合体の結合が必要です。 多くの研究者が、ゲノム編集のためのプログラム可能な DNA エディターとして pAgo を利用し、開発することを試みてきました。 ところが、37℃といった生理学的温度ではpAgo活性が働かないため、真核細胞では利用できず、その使用は高温でも生存できる細菌に限定されていました。また、初期の研究での論文発表の結果が全く再現できなかったことから、その導入には慎重な研究者も多いという現状があります。
 
CAV-2ベクターによる遺伝子治療
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先週、組換えAAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターによる最新の遺伝子治療の話題を紹介しました。 このなかでも紹介したように、現在、組換えAAVによる遺伝子治療は、もっとも成功しており、そのいくつかは既に臨床応用されています。 一方、組換えAAVには弱点があります。 1つめは、これがヒトのウイルスであるため、ヒトに注入した場合、免疫反応を起こす、つまり異物として即座に認識されてしまい排除されてしまう可能性があることです。2つめは、セロタイプによって、感染細胞が大きく異るように、限定された細胞表面上のレセプターを認識しているために、使い方が限定的になるという点です。3つめは、挿入した遺伝子が実際に発現し始めるのに、数週間といった時間がかかることがあることです。4つめは、(原則として)大きなサイズの遺伝子を入れることができないという点です。 そこで、AAVとは違った種類のウイルスベクターも検討されています。例えば、イヌアデノウイルス2型(Canine adenovirus type 2)をベースとした組換えCAV-2ベクターです。多くの神経細胞に、大きなサイズの遺伝子を発現させることができるのが特徴です。 ドラベ(Dravet)症候群は、致死率の高い難治性の小児てんかん性脳症です。日本の厚生労働省の指定難病140で、国内の患者数は3000ほどと言われています。他のてんかんとは違って、薬物治療は限られています。
 
エクイティを考慮する合成生物学
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Equity(エクイティ)という単語をご存知でしょうか? 現代の企業理念に必須とされてきているDEI(「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」)のなかにあるEquityです。最近、科学研究や開発においても、Equityを考慮することが強く求められるようになってきています。 2023年8月22日、米国科学・工学・医学アカデミーと米国医学アカデミーが、「Toward Equitable Innovation in Health and Medicine」という報告書を発表しました。 生物医科学、データサイエンス、エンジニアリング、テクノロジーの進歩は、健康と医療を変革する可能性を秘めたハイペースなイノベーションにつながっている。これらのイノベーションは同時に、その恩恵とリスクをいかに公平に配分するかなど、倫理的・社会的に重要な問題を提起している。全米科学・工学・医学アカデミーは、全米医学アカデミーと共同で、「保健・医療における新たな科学・技術・イノベーションの枠組みの構築に関する委員会」を設立し、変革的な技術の開発と利用を倫理的かつ公平な原則に合致させるための枠組みの構築において、リーダーシップを発揮し、広範なコミュニティを巻き込んだ。この委員会の報告書では、公平なイノベーションを推進し、より広範な人々のニーズに応え、不公平が生じた場合にそれを認識し対処することができるエコシステムを支援するために、イノベーションのライフサイクル全体を通して意思決定を行うためのガバナンスの枠組みが説明されている。 報告書は、登録すると、無料で全文を入手することができます。 この報告書では、健康と医療における遺伝子編集、再生医療、人工知能といった新興の科学、技術、イノベーションをEquityと整合させるためのガバナンスの枠組みを示しています。 具体的に合成生物学、神経科学、バイオマニュファクチャリングといった合成生物学関係の分野をあげて、Equityの考慮が必要だとしています。 合成生物学、神経科学、バイオマニュファクチャリング、通信などの分野は急速に進歩しており、医療や社会を変革する可能性のある技術を生み出しています。 同時に、入院者数と死亡者数の格差や、新型コロナウイルス感染症パンデミック下で限られたワクチンや治療薬を公平に配布する際の課題は、誰が医療や医学の進歩から恩恵を受けるかについての著しい不公平を明らかにしている。 まず、Equityという概念を理解することが、重要です。日本語では、公平性、衡平性などと訳されることがあります。しかし、このように訳されることで、公平という陳腐な概念として理解されたり、衡平という普段見かけない難解な概念として捉えられたりして、本来の意図が伝わらないということになってしまいがちです。 特に大切なのが、Equality(平等)との区別です。下のイラストは、EqualityとEquityの違いを説明するのにしばしば見かけるものです(なお、このイラストは自由に使っても大丈夫だそうです)。支援する台を分配するのに、平等ではなく、背の小さな人により多く分配するというのがEquityの概念です。非常に簡単な実例では、薬の臨床試験に、多様な人種を含めるとか、大学への入学選抜のアファーマティブ・アクションのようなことがEquityの考え方を反映しているものです。 そして、合成生物学を含めた研究・開発には、Equityを考慮することが強く求められるということです。 報告書では、研究・開発に関わるEquityには次のようなものがあると分類しています。 - 話題のEquity: イノベーションのポートフォリオには、伝統的に不正義を経験してきた人々を含め、多様なコミュニティに関連するトピックを含めるべきである。 - イノベーターのEquity:イノベーターは、幅広い想像力と創造性を発揮できるよう、十分なサービスを受けていない、あるいは社会から疎外されているコミュニティのメンバーを含む、多様な人々を反映すべきである。 - インプットのEquity: 開発および実施プロセスには、多様な代表からなるチームを参加させるべきである。これは、広範な利用者コミュニティにとって適切で関心のある製品を作り、影響を受けるコミュニティを尊重し、説明責任を高めるためである。 - 評価のEquity: 新技術は、その有益性と有害性の評価における誤りを減らし、最終的な適用範囲を広げるために、多様な集団または代表的集団において評価されるべきである。 - 展開のEquity: 伝統的に十分なサービスを受けてこなかったり、社会から疎外されてきたりした集団を含む多様な集団が、技術にアクセスし、利益を享受できるようにすべきである。 - 価値の捕捉のEquity: 新技術から生み出される価値は、公正に捕捉され、分配されるべきである。 - 文脈のEquity: 新技術は、過去の不正義を永続させるべきではなく、可能な限り過去の不正義に対処または是正すべきである。 - 注意のEquity: 組織やイノベーターは、テクノロジーの展開方法におけるEquityを積極的に追求し、緩和することを含め、上記のEquityの懸念に留意すべきである。 そして、以下のようなことが提案されています。
 
電子伝達系から考える生命の起源
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生命の起源は依然として科学における大きな未解決の問題の 1 つです。 生物を作る合成生物学にとっても、生命の起源、つまり生物がどのように始まったか、についての理解は、さまざまな発想のきっかけになる可能性があります。 生命の起源と初期の進化は、これまで、ボトムアップとトップダウンという2つの異なるパラダイムの下で研究されてきました。 「ボトムアップ」では、初期の地球環境を想定し、今日の生物で見られるのと同じ種類の生体分子や代謝反応を作り出すことができる化学を探す室内実験、試料の研究、観測を通じて研究されてきました。このようなPrebiotic(プレバイオティック)化学と地球初期の地球化学は、生命がどのように「誕生できるのか」を実証することに成功しましたが、生命が実際にどのように誕生したのかについては明らかにできていません。 「トップダウン」では、現在や過去の生命体のデータに基づいて初期の生命体がどのような姿をしていたかを再構築していきます。このような進化生物学の技術を使用することで、現在も生物に保存されている「遺伝子」があったところまでは研究ができますが、生命の起源のさなかや直後に起こったステップを調査することはできません。 ボトムアップとトップダウンの2つの研究アプローチは、生命の起源を発見するという共通の目標があるものの、それぞれ限界があるために、生命の起源の謎に迫れずにいます。 オハイオ州のオーバリン大学とカリフォルニア工科大学NASAジェット推進研究所 (JPL) の研究者らが、8月14日、Proc Natl Acad Sci U S A.誌に発表した新しい論文は、電子伝達系が、初期進化の歴史とそれに先立つ原細胞段階との間の架け橋となりうるとして、この方法論的なギャップを埋めようとしています[1]。 Electron transport chains as a window into the earliest stages of evolution https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2210924120 電子伝達系は、細菌からヒトに至るまで、生物によって利用可能な化学エネルギーを作るために使われているシステムのひとつです。
 
何もわかってない遺伝子のデータベース
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ヒトゲノムには約2万個のタンパク質がコードされていますが、その多くは何をやっているのか不明です。細菌にも機能不明のタンパク質は数多くあります。合成生物学の展開には、ビルディングブロックであるこのようなタンパク質の理解も大切です。 ところが、現在の研究費の分配と論文の査読システムでは未知のものについてはリスクがあるとして敬遠されてしまいます。機能的あるいは臨床的に重要であるというエビデンスのあるタンパク質の研究だけを大きく支援しがちです。 また、よく知られているタンパク質ほど、抗体、低分子阻害剤、細胞株、モデル生物などの状況が充実していることもあり実験しやすいです。こういうツールを作るといった地味なところから研究を始めないといけない無名のタンパク質の研究は多くの研究者に好まれません。また、タンパク質の役割が、実験室という環境では観察できない可能性もあります。 その結果、科学研究は、よく研究されているタンパク質の話ばかりになってしまいます。しかし、研究されていないタンパク質を無視することに問題があることは明らかです。 このような問題について、いくつかの取り組みがあります。例えば、米国NIH のIllumination the Druggable Genomeイニシアチブ、Pharos、Harmonizome、neXtProt などのデータベースです。 https://www.nextprot.org/ そんななか、英国MRCのグループが、ほとんど知られていないタンパク質についてのデータベースunknome(アンノーム)を作製し、8月8日付けのPLoS Biologyで発表しています[1]。
 
ヒアルロン酸を作るデザイナー酵素
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糖鎖は、核酸、タンパク質、脂質と並ぶ4大生体高分子の一つで、「第3の生命鎖」と呼ばれます。 糖鎖も、核酸やタンパク質と同じように、構成するユニットがつながってできているという点では共通しています。一方で、通常の核酸やタンパク質と違うのは、鋳型なしで合成されるという点です。また、その構造は、ユニット(単糖)と結合の組み合わせが多くあることから、非常に複雑です。 糖鎖といっても、細菌、植物、動物にもありますし、多くの糖タンパク質に付加されているNリンクの糖鎖のようなものから、グリコーゲン、アガロース、セルロースのようなものもあります。有用な機能を持つものもあり、そのような糖鎖を合成生物学的に作ることは基礎的にも産業的にもさまざまな可能性があると考えられます。 ヒトを含めて動物の生体内に広く分布しているヒアルロン酸(hyaluronic acid、ヒアルロナン)は、グリコサミノグリカン(ムコ多糖)の一種です。ヒアルロン酸の分子量は多いと200万に達すると言われ、皮膚、軟骨、眼球、神経系などで、組織構築だけでなく細胞生物学的にも重要な役割をしています。その構造は、N-アセチルグルコサミンとD-グルクロン酸の2つの糖のユニット[GlcNAcβ1-4GlcAβ1-3]が直鎖状に繰り返され、分岐や他の修飾もない単純なものです。 ヒアルロン酸は、糖鎖のなかでも広く利用されていて、実用性のあるものになっています。変形性関節症、目の治療、美容を目的とした注射の一部については、米国のFDAなどによる医療承認があります。また、保湿成分として化粧品に添加されています。一方で経口摂取としての利用は否定的な意見が多いです。ヒアルロン酸の世界市場規模は2020年で96億ドル,2027年には165億ドルに拡大すると予測されています。 さて、ヒアルロン酸は、ニワトリのトサカなどの動物組織から抽出して生産されています。動物組織からは性能の良い高分子量のヒアルロン酸が得やすく、方法が改良されつつも重要な供給源になっています。 また、ヒアルロン酸を作る微生物も存在し、連鎖球菌のStreptococcus zooepidemicusなどの病原性細菌の変異株などを用いるヒアルロン酸の発酵生産も可能ですが、こちらは分子量が小さく、良質のヒアルロン酸を得ることができません。
 
ダイナミックレンジの広いプロテイン・バイオセンサー
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日常の生活に関係ある内容ではなく、合成生物学に関わる生体分子についての研究をどのように紹介するのか、というのは難しいです。 合成生物学で出てくる生体分子の働きは、機械とか電子回路みたいなものとして理解すると、直観的にわかると思います。そして、どんなことに利用できるのか、想像してみると楽しいかもしれません。 タンパク質バイオセンサーは、細胞生物学や神経科学といった基礎科学領域でますます重要なツールになりつつあり、臨床応用やさまざまな産業のあり方のゲームチェンジャーとなる可能性を秘めています。 Design principles of protein switches https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0959440X21001263 The present and the future of protein biosensor engineering https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0959440X22001038 今回紹介するのは、7月27日付けのNature Nanotechnology誌に掲載されたオーストラリアのクイーンズランド工科大学(Queensland University of Technology)のグループが開発した広いダイナミックレンジを持ち、速く応答する人工的なアロステリックタンパク質スイッチです[1]。 ダイナミックレンジとは、ある信号の最大値と最小値の差です。音声では、音量の最大値と最小値の差です。画像では、明るさの最大値と最小値の差です。ダイナミックレンジが広いほど、より多くの音量や明るさを表現することができます。そして、生化学でタンパク質の性質を学べば必須の単語を確認します。 人工的なアロステリックタンパク質スイッチを作製し、生物学的あるいは非生物学的なシステムに接続された情報処理ネットワークに組み入れることは、合成生物学およびバイオナノテクノロジーの重要な目標です。しかしながら、狙っているような入力、出力、性能パラメーターを持つタンパク質スイッチを設計することは難しいとされています。 今回、クイーンズランド工科大学のグループは、大きなダイナミックレンジと速い応答速度を持つタンパク質スイッチを作り出しました。このスイッチでは、合成したアロステリック部位がお互いに影響し合うことで、バックグラウンドのノイズを最小限に抑えたOFF状態が得られるとしています。
 
直流電流で遺伝子スイッチ・オン
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何らかのシグナルをきっかけに遺伝子の働きをオンにして、その遺伝子にコードされたタンパク質を作る。こういう制御スイッチは生命現象のあらゆる場面に見られます。そして、これを応用して、自由自在に遺伝子を制御できるような誘導スイッチを作ることは、合成生物学では長年行われてきました。 高校の生物学でも習うラクトースオペロンは、ラクトースを感知すると遺伝子の活動(転写)がオンになるものです。このプロモータの下流に外来遺伝子をつなげば、その外来遺伝子の発現をラクトースをトリガーとして制御できるようになります。 こういうトリガーですが、工学的に利用する場合、生体内にどこでもあるような物質ですと、バックグラウンド、ノイズ、副反応があってうまくいきません。そのため、しばしば利用されるのは、限られた細胞で使われるホルモン、他の生物が作る抗生物質などの低分子化合物をトリガーにすることです。低分子化合物の結合タンパク質をDNA組換え酵素や転写因子などと組み合わせて、特異的に遺伝子の転写制御ができる誘導スイッチを組み立てることができます。しかし、ウェアラブルのような形でこういう方法を利用するのは不便な点が多いと思われます。 一方、このような低分子化合物ではなく、光、磁場、電波、熱など物理的なトリガーを用いるような誘導スイッチも開発されてきています。熱では、いわゆるヒートショックを利用することが可能ですが、細胞にダメージを起こしたり、場所が広がってしまうのが難点です。近年、光遺伝学というような光で操作するような手法が数多く開発されてきています。しかし、光は生体組織の深いところに届けるのが難しく、あまりに強い光は細胞に悪影響を与えます。 そこで考えられるのが、電気で操作可能な遺伝子発現スイッチです。細菌や哺乳類細胞にでの先駆的な試みは細胞培養で行われてきました。 しかし、電気感受性化合物の細胞毒性、高電圧の交流電流を必要とするなどの深刻な課題も残され、臨床の場でも使えるようなバッテリー駆動のウェアラブルへの応用にはまだまだでした。 今回、スイス・バーゼル大学のMartin Fusseneggerのグループは、7月31日付けのNature Metabolism誌で、ヒト細胞の感知システムを組み込んで、バッテリーからの直流電流を使い目的の遺伝子を活性化するインターフェースを開発し、これを直流電流作動性制御技術(direct current-actuated regulation technology:DART)と名付けて発表しました[1]。 このDARTの原理は以下のようなものです。
 
合成生物学版ベル研をめざすアシモフ研究所の動向
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ボストンにあるアシモフ(Asimov、あるいはアジモフ)は、2017年、Chris Voigt 、Doug Densmore 、Alec Nielsen、Raja Srinivasが、ベンチャーキャピタルAndreessen Horowitz(a16z) とDARPA(国防高等研究計画局)からの支援を受け設立した企業です。2016年4月にScience誌で公表されたCelloで用いられたアイデアをもとに、最先端の合成生物学と計算ツールを統合することを目指してきました。 この8月2日に、MIT-Broad Foundryチームが、Asimov に加わったことを公表しています。「ファウンドリFoundry」という名前は廃止し、 Asimov Labsという名称に切り替えるようです。Asimovの以下のブログによれば、Bell Labs、HP Labs、Xerox PARCといった歴史的に高く評価されている研究開発組織を意識しているということで、「アシモフ研究所」と訳してみたいと思います。 MIT-Broadファウンドリは、2012年に設立されました。そして、千を超える異なる分子や材料、さらには回路やセンサーなどの遺伝子デバイスを製造するための経路と生きた細胞を設計してきたということです。 今回、このバイオファウンドリがアシモフ研究所となり、ロボットを使用して何千もの細胞をスクリーニングすることではなく、目標は遺伝子の設計を確立することになると述べています。つまり、細菌、哺乳動物細胞、その他あらゆる生物のシステムを設計する時の実装のリスクをゼロにしたいということです。 以下、上のブログから、この研究所が目指していることの説明として気になる部分を引用します(自動翻訳を用いているので、日本語が変な部分がありますがご容赦ください。ブログ原文を読むことを推奨します)。
 
ヒトHeLa細胞をめぐる和解なる
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ヒト由来の最初の細胞株として知られるHeLa細胞(ヒーラさいぼう)は、がん、ウイルス、タンパク質、遺伝子、薬剤、放射線などの研究に利用されてきました。この細胞の経緯については、Rebecca Skloot氏執筆による「不死細胞ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生(2011年、講談社)」という本に詳しいです。 Stat Newsは、次の5つをHeLa細胞の医学上の重要な貢献としています。どれも合成生物学と関わりの深い貢献で、他にも数多くの重要な貢献があると思います。 ①少女たちを癌から守るワクチン(子宮頸がんワクチン) ②細胞が若さを保つ方法を示す(テロメラーゼ) ③ポリオ撲滅  ④ヒトゲノムのマッピング ⑤ウイルス学分野の創設 さて、一般に、増え続ける不死化した細胞株をヒトから樹立することは、マウスからに比べて難しいとされています。HeLa細胞は、1951年に子宮頸癌で亡くなったアフリカ系アメリカ人女性ヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks, 1920-1951)の腫瘍病変から分離され、株化されたものです。細胞の採取はボルチモアのJohns Hopkins病院で本人に無断で行われ、没後にHenrietta Lacksから命名されました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/HeLa%E7%B4%B0%E8%83%9E 世界で初めて樹立されたこのヒトの細胞株は、まもなく医学に大きく貢献することになりました。この細胞株を樹立したGeyらは、HeLa細胞でポリオウイルスを増殖させることに成功しました。そして、この細胞株は世界中に配布され、広く用いられることになったのです。とても良く増殖するので、他の細胞を培養している時に紛れ込むという形で、別の細胞を培養しているはずが、実はHeLa細胞だったというような例もあるようで、混入するので注意しないといけない細胞株でもあります。 一方、患者のHenrietta Lacksは、同年、死亡しました。しかし、夫のDavid Lacksや子どもたちは、Henrietta由来の細胞が研究に利用されていることも長年知ることがありませんでした。 こうして、医学や生物学の発展に貢献したHeLa細胞ですが、大きく2つの問題があります。1点目の問題は、患者本人にも、家族にも何の連絡もないまま、このように配布され研究に利用されてきたことです。また、細胞には遺伝子DNAがあり、個人情報が含まれています。その情報がインフォームドコンセントなしに、世界中で利用されることになってしまったのです。しかし、当時、インフォームドコンセントという概念はなく、その後に問題になったわけです。 2点目は、患者から採取された試料が、経済的価値を持つようになったということがあります。この細胞を用いて、新しい科学的発見や知的財産が生まれたり、製品の生産にこの細胞を利用するというケースがでてきたということです。そして、このような価値について、患者にどのような利益が与えられるか、ということです。しかし、未だに、この点については議論が定まっていません。 こちらに10年前である2013年までの経緯が説明されています。 そんななか、8月1日に、ヘンリエッタ・ラックスの家族(子孫)とHeLa細胞を利用した製品の販売で多大な利益をあげてきたとされるサーモ・フィッシャー・サイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)の間で和解が成立したというニュースがありました。
 
絶滅生体分子から抗菌物質を探す
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De-extinction(絶滅種の復活、絶滅種の再誕、絶滅種の蘇生)とは、遺伝子や生殖の操作技術を用いて、絶滅した種の個体を再び生み出すことです。 マンモスの復活など絶滅した生物を現存する環境に再導入するというアイデアは、一般社会や科学者の想像力をかきたてますが、倫理的・生態学的に重大な問題が残されています。 一方、絶滅分子復活(molecular de-extinction)は、生物の遺伝子によってコードされなくなった核酸、タンパク質、その他の化合物など、「絶滅した生体分子」を復活させることです。これは、絶滅した生物がかつて存在した時に利用されていた分子や仕組みが、現在の地球環境においても利用できるかもというアプローチです。現存の生物の遺伝子にも、そういう名残りのようなものがあるかもしれません。 例えば、気候変動や感染症など、太古に存在していた環境や病原菌などに対して生き延びるために、当時の生物にあった仕組みを、現代に蘇らせて活用できる可能性があります。過去に絶滅した個体を復活させるのではなく、分子や仕組みだけを利用することなら、倫理的・生態学的な議論も少ないものと思われます。 さて、多くの生物では、抗菌ペプチド(AMPs、antimicrobial peptides)と呼ばれる短いタンパク質が見られます(通常10〜60アミノ酸、両生類の皮膚分泌物、ヘビ毒、昆虫毒、腸内細菌など)。これらの抗菌ペプチドは、すでに臨床利用されています。 そんななか、ペンシルバニア大学のグループが、現代人(Homo sapiens)と、絶滅したネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とデニソワ人(Denisovan)のタンパク質に関するデータに機械学習を適用することで、病気を引き起こす細菌を殺すことができる抗菌ペプチドを特定することができたと、7月28日付けのCell Host & Microbe誌で報告しています[1]。 https://doi.org/10.1016/j.chom.2023.07.001
 

by 山形方人(Masahito Yamagata)