SynBioポータル

合成生物学(Synthetic Biology)のポータルサイトです

新たな産業革命の中核となる「合成生物学」の最新情報、有用性、可能性、振興策、安全性について、社会との関係も含め議論していきます。

バックナンバー2023年10月

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絶滅したフクロオオカミタスマニアンタイガー)、ケナガマンモス、ドードーを蘇らせようとしている米国のバイオテクノロジー「De-extinction」企業であるColossal Biosciencesは、George ChurchとBen Lammによって2021年設立された企業です。今度は、オーストラリアのVictorian Grassland Earless Dragon(Tympanocryptis pinguicolla)を救うプロジェクトを支援するそうです。 テキサスに本拠を置くColossal Biosciencesは、以前からマンモスの復活に取り組んできましたが、2022年、タスマニアンタイガーとしても知られる有袋類フクロオオカミを復活させるための数百万ドル規模の入札でメルボルン大学と提携したと発表しました。今年になって、絶滅した鳥ドードーの復活に挑戦することも発表しています。 このたび発表したのは、より現実的な絶滅の危機に瀕しているVictorian Grassland Earless Dragon(Tympanocryptis pinguicolla)の対策です。
 
人工知能創薬スタートアップ
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Genetic Engineering & Biotechnology News (GEN)に人工知能(AI)を使った創薬スタートアップであるBigHat Biosciencesについての紹介がありました。また、いくつかのAI創薬スタートアップについても紹介しているので、今回はそれらをまとめてみたいと思います。 https://www.genengnews.com/topics/artificial-intelligence/ai-created-monoclonal-antibodies-drive-innovation-at-bighat-biosciences/ 📌BigHat Biosciences BigHat Biosciencesは、2019年にカリフォルニア州のSFベイエリア(サンマテオ)で、スタンフォード大学のMark DePristo、Peyton Greenside、Theresa Tribbleによって作られたスタートアップです。 機械学習とライフサイエンスのウェットラボを統合したプラットフォームMilliner™を構築し、それを利用してより優れた抗体をより迅速に開発、製造することを目標としています。つまり、DNA合成から無細胞タンパク質合成まで、プラットフォーム全体で合成生物学を利用しています。 同社では、現在、毎週約800個の分子を設計、作成、テストしているとのこと。今後数年間でさらに数倍の生産能力を目指すそうです。 どのようなものを作ろうとしているのか、詳しくは、GENの記事を見るとわかりますが、BiTE (2重特異性 T 細胞エンゲージャー)、BsAb(2重特異性抗体)、scFv(単鎖可変フラグメント)、重鎖可変ドメイン (VHH、sdAbs、またはナノボディ )、およびさまざまな用途向けの抗体薬物複合体 (Antibody-drug conjugate、ADC) を作るということです。
 
DNAを使ったキャンバス
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ふだん使っているカラーディスプレイは、赤、緑、青(RGB)の3種類の「各チャンネルでの光」の放出と、それぞれの「強度」を組み合わせることで、それぞれの「位置」で機能しています。ここで、光の強度の変化、つまり色合いは、LEDやOLED(有機EL)の電流の関数となっています。つまり、絵を描けるキャンバスを作るには、色、強度、位置の3つが表現できることが必須です。 「色」の異なる蛍光色素は、シーケンシングやハイブリダイゼーションなど核酸の化学的および生化学的検出に広く用いられています。 DNAマイクロアレイは、固体表面に付着させた数多くの異なる核酸配列の集まりです。スポットされたか、その場で合成されたかにかかわらず、マイクロアレイの本質は、固有のDNAの「位置」を正確に割り当てることです。 遺伝子発現レベルなどを調べるマイクロアレイでは、相補鎖へのDNAハイブリダイゼーションを用いて蛍光シグナルの検出を行います。ここでの、蛍光シグナルの「強度」は2本鎖の熱安定性の関数となります。したがって、核酸の配列を調整することで、強度をグラデーションとして表現することができるはずです。 10月3日に、オーストリアのウィーン大学の研究者らが、この強度のグラデーションを調整する方法を開発し、1,600万色のいずれかを生成できるDNAキャンバスの作成に成功したという報告をJACSに発表しました[1]。これは、これまでの256色の制限を超えた成果です。
 
ワイン造りと合成生物学
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実りの秋、食欲の秋、芸術の秋。秋はワインが似合う季節かもしれません。 Synbiobetaに、「Breaking Tradition: Could Synthetic Biology Shape the Future of Winemaking?」(伝統の打破: 合成生物学はワイン造りの未来を形作ることができるか?)という記事がでていましたので、読んでみました。 世界最古のバイオテクノロジー、遺伝子組換えワイン酵母、気候変動、新しいブドウ品種、バイオデザインワイン、合成ワイン、GMワイン、消費者の受け入れ、といった言葉から、ワイン造りに合成生物学が大きく関与するだろう未来を感じることができました。 マロラクティック発酵、ヴィンテージといったワイン造りの背景については、Wikipediaを参照しておくとよいかもしれません。 ①遺伝子組み換えワイン酵母 最初に市販されている遺伝子組み換えワイン酵母 ML01 は、ワイン中の乳酸菌によって生成される有害な生体アミンの形成を防ぐために 2006 年に開発されました。それ以来、人工酵母は広範囲に研究されており、風味、一貫性、保存期間を改善し、気候変動から保護するための経路や突然変異が導入されています。 遺伝子組み換えワイン酵母ML01や最近のワイン酵母の研究についての参考文献 ②近年のトレンドは、アルコール度数の低減。一方で、気候変動による気温の上昇の影響がワイン造りにも。
 
スタートアップ成功と創業者の性格
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スタートアップは、合成生物学を使った脱炭素化やワクチン開発など、今日の最も困難な問題の多くを解決し、イノベーションの源となっています。しかしながら、生き残る可能性が低いものでもあります。 スタートアップの成功には、業界、場所、経済状況など、いくつかの企業レベルの外部要因が関連していると考えられます。一方、チームの規模、過去の経験や失敗、他の創業者や投資家のネットワークとの関係など、内部要因についての関心も高まっています。 創業者の「性格」(Founders’ personalities)はどうでしょうか。 ニューサウスウェールズ大学などの研究チームは、世界中の21,000社以上のスタートアップの創業者の性格について調査し、最終的な成功の重要な要因であることを、10月17日付けのScientific Reports誌で発表しています[1]。 McCarthy, P.X. et al. (2023) The impact of founder personalities on startup success. Sci Rep 13, 17200. https://doi.org/10.1038/s41598-023-41980-y この研究では、まず、Twitter(現在、X)のユーザープロファイルとCrunchbaseの企業プロファイルという2つのデータセットから、 個人の性格と資金調達や投資家に焦点を当てた企業(n=21187 のスタートアップ)に関する情報を集めています。ここで、例えば、若く教育水準が高いと言われるTwitterユーザーと外部から資金提供を受けている企業が多いCrunchbaseというデータセットについてバイアスがかかっていることには注意が必要です。
 
ブタからサルへの腎臓移植を理解する(その1)
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先週、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いた異種移植臓器の開発を行ってきたeGenesis、マサチューセッツ総合病院(MGH)などのチームが、遺伝子を改変したブタの腎臓をサルに移植して長期間生存させることに成功したという報告が10/11日付のNature誌に掲載されたというニュースを見かけた方も多いと思います。 実際のNature誌の論文はこちらです。この論文は、オープンアクセスになっているので、無料で全文が読むことができます。 Anand, R.P.et al. (2023) Design and testing of a humanized porcine donor for xenotransplantation. Nature 622, 393–401. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06594-4 これまで、既にこの関係の報道は多く行われてきました。しかし、このような報道があったところで、ほとんど詳細を知ることなく、「遺伝子を改変したブタの腎臓をサルに移植して、長期間生存させることに成功した」という一般ニュースのヘッドライン程度の理解で終わってしまう方が多いのではないか、と思います。 そこで、今週の「合成生物学は新たな産業革命の鍵となるか?」では、この論文をもう少し細かなところまで紹介することで、現在の合成生物学の現状をもう少し考えてみるということを試みてみます。
 
鳥インフルエンザに罹らない鶏を作る
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鳥インフルエンザは、養鶏業に大きな被害を与えます。野生の鳥にも被害を与えます。通常、人には感染しにくいですが、まれに感染することもありますし、変異が生じやすいため、既存のインフルエンザウイルスと遺伝子が交じり合うことで、人の間で感染が広がる新型インフルエンザが発生する可能性もあります。 このようなことから、鳥インフルエンザの発生を防ぐことは極めて重要です。世界の一部の国では、鶏や鳥へのワクチン接種を進めています。しかし、鳥が無症状になる可能性はあっても、感染からは保護されない可能性があるとの懸念からワクチン接種を実施しない米国や日本のような国もあります。そして、日本は、接種した鳥とウイルス感染した鳥を区別できないとして、ワクチン接種国からの加熱されていない鳥肉や卵などの輸入を認めていません。フランスは最近、アヒルの大規模なワクチン接種を開始しましたが、日本でも輸入を停止しています。 ワクチン接種しなくても、遺伝子工学を利用することで、もともとインフルエンザウイルスに感染しないようなニワトリの作製は既に試みられてきました。 この10月10日、英国ロスリン研究所を中心とするチームが、ゲノム編集技術を用いることで鳥インフルエンザに罹患しにくいニワトリを作製することに成功し、将来の方向を示すコンセプトを報告しています[1]。
 
がん検査に高価な実験データを有効活用する
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グリオブラストーマ(膠芽腫、こうがしゅ)は、予後の悪い難治がんで、5年生存率は6.8%と低いです。 その治療法の開発を妨げる大きな理由の1つは、がんの不均一性です。細胞には、遺伝子の変化の違い、エピジェネティックな状態の違い、および遺伝子発現プロファイルの違いがあります。 また、細胞の組成だけでなく、その空間的な分布も、患者さんの組織によってさまざまです。 このような背景のもと、この10年間、シングルセルRNA シークエンシング (scRNA-seq) や空間トランスクリプトミクスについての研究が、この不均一性の理解を深めてきており、がんの予後の予測や治療法の開発に役立つ可能性が示されてきています。 しかし、現実は、それぞれの患者さんからの組織について、scRNA-seqや空間トランスクリプトミクスを行うのは困難であるということです。 scRNA-seqを行うためには、それぞれの細胞にまで組織を解離することが必要であるため、細胞間相互作用の空間動態を捉えることができませんでした。特に高価で入手が難しい空間トランスクリプトミクスの情報も、組織内での細胞相互作用、組織構造、クローンの進化、腫瘍の進行、治療抵抗性についての理解に必須の情報となります。つまり、これらの情報を得る実験は、費用が極めて高価であり、高度な技術を要するために、日常的な臨床の場には適しません。[費用だけで一つ100万円で、技術も必要といったイメージ] 一方で、グリオブラストーマの組織切片を染色して病理組織検査を行うというこれまでの方法があります。この方法でも、予後をある程度予測することはできますが、重要なのは、病理組織の画像と予後について紐付いた情報が多量に集まっているビッグデータになっているということです。 最近、スタンフォード大学のグループが、少数の「scRNA-seqや空間トランスクリプトミクスの情報」と多数の「病理組織検査と予後の情報」を機械学習でリンクさせる方法を開発しました[1]。
 
甘、酸、塩、苦、旨味に続く6番目の味?
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甘味、酸味、塩味、苦味、そして旨味(うまみ)の5味は、基本味と呼ばれています。 日本では、1908年、池田菊苗がL-グルタミン酸ナトリウムを「うまみ」として主張し始めました。しかし、西洋において、うまみがUmamiという基本味として学界で広く受け入れられるようになったのは、20世紀の終わりになってからだとされています。特に、舌の味蕾に存在する味受容細胞がグルタミン酸受容体mGluR4を発現しているとした発見によって、Umamiは味の一つとして強く支持されるようになりました。 このように「味」として受け入れられるためには、それを感じる仕組みが現実に存在することが証明されることが大切だということになります。 これらの5つの味に続く、第6の味についての研究は続いています。「第6の味」についての理解はまだ研究途上ということになると思います。 そんななか、この10月5日に、南カリフォルニア大学の研究者たちが、塩化アンモニウムを「第6の味」とする研究結果を発表しました[1]。味蕾の酸味受容体細胞(III型細胞)で発現するプロトン選択的イオンチャネルであるOTOP1が、塩化アンモニウム(NH4Cl)のセンサーとして機能することを報告しています。
 
量子ドットと合成生物学
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事前に受賞者名が漏洩したと話題になっていますが、Moungi Bawendi、Louis Brus、Alexei Ekimovの3人がノーベル化学賞でした。Moungi Bawendiは、岡武史の関係者ということです。 その受賞理由は、この説明にもあるように、ノーベル物理学賞と同じように、医学への応用が強調されています。今年のノーベル生理学・医学賞も、がん治療にも利用されつつあるmRNAワクチンでした。mRNAワクチンについては、細胞への導入に必要なLNP(脂質ナノ粒子)の貢献は、今回の生理学・医学賞の対象とはなりませんでしたが、量子ドットも「ナノテクノロジー」の一つです。 2023年のノーベル化学賞は、量子ドットの発見と開発に授与される。量子ドットは、そのサイズが特性を決定するほど小さなナノ粒子である。このナノテクノロジーの最小部品は、現在、テレビやLEDランプから光を拡散し、また、外科医が腫瘍組織を除去する際のガイドとなるなど、さまざまな役割を果たしている。 いずれにしても、自然科学系の3つのノーベル賞が「がん治療」に関わるものというのは興味深いです。「ノーベル賞は、なぜか「がん」研究への受賞を避ける」というのは、生物医学系の研究者の間ではしばしば指摘されてきました。 さて、量子ドットは、候補の一つでしたので、解説も多いです。
 
がんの検出と区別にノーベル物理学賞
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NewsPicksでは、線虫を使うがん検出の問題が話題になっていますが、10月3日に発表になったノーベル物理学賞は、がん検出などの医療診断に使えるというのが受賞理由のひとつになっています。2021年の発表論文によれば、今回の受賞理由となったアト秒物理学を利用することで、がんの種類が区別できるかもしれないということです。 ノーベル物理学賞のプレスリリースの最後はこのように結んでいます。 Attosecond pulses can also be used to identify different molecules, such as in medical diagnostics.アト秒パルスは、医療診断のように、異なる分子を識別するためにも使用できる。 さて、アト秒パルス光の研究については、日本の研究者が少ないそうで、あまり良い日本語の解説が見つからないのですが、日経サイエンスが記事を出しています。 2023年ノーベル物理学賞:物質中の電子の動きを解析する「アト秒の科学」を切り開いた3氏に 3名の受賞者のなかで、がんの検出にこの方法を応用しようとしているのは、こちらでも紹介されているFerenc Krausz博士です。1962年生まれ、ハンガリー出身、ドイツのマックスプランク研究所の一つでミュンヘン近郊にある量子光学研究所の研究者です。 上のインタビューでも出てきますが、昨日、ノーベル生理学・医学賞を受賞したカリコ博士と同じハンガリー出身の研究者です。
 
単純ではない衛生仮説
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花粉症などアレルギー疾患の発生率は、過去1世紀にわたって増加しています。 一部の先進国では、子どもの約30%が5歳までに鼻炎、アトピー性皮膚炎、または喘息に罹患していると言われます。 その発症には様々な遺伝的要因、環境要因、さらに抗原側の要因が関与していると言われています。 一卵性双生児間の一致率は約50%であり、アレルギー疾患に対する感受性には遺伝的要因も重要な役割を果たしています。一方、1989 年、英国の疫学者であるDavid Strachanは、年上の兄弟が数人いる子供は、兄弟がほとんどいない、または兄弟がいない状態で育った子供に比べて、花粉症の発症率が大幅に低いことを観察しました。Strachanは、これが年長の兄弟から年下の兄弟への微生物の伝達によるものであると提案し、衛生仮説(Hygiene hypothesis)として知られるようになりました。他のアレルギー疾患にも当てはまるとされています。これを裏付けるように、日本人と遺伝的に近いモンゴル人は、アレルギー疾患の発症率が非常に低いこと知られています。現在では、衛生仮説は教科書的な概念となっています。 アレルギーの基礎研究は、特定病原体がない (SPF) 条件下で飼育されたマウスを使った動物実験が主なものです。 その結果、アレルギー免疫応答は、Th2細胞と呼ばれるリンパ球および類似のILC2集団によって担われることがわかってきました。 微生物に曝露することでアレルギーが生じなくなる主なメカニズムは、この免疫応答の抑制によるものと考えられています。 ところが、SPF条件下で飼育されたマウスは、ヒトの日常的な免疫応答を忠実に再現できないことが示されてきています。そこで、2019年、Rosshartらは、純系マウスのC57BL/6の胚を、「野生」のマウスに移植し、出産させることで、「野生Wildlingマウス」を作成しました。このマウスは、体のすべての部位に自然の微生物叢と病原体を持っているC57BL/6マウスということになります。 9月29日、スウェーデンのカロリンスカ研究所を中心としたチームが、Science Immunology誌に、この野生マウスでは、通常のSPFマウスと同じように、アレルゲンに対して強力なアレルギー反応を示すことを報告しています[1]。つまり、衛生仮説に対して疑問を投げかける結果です。
 

by 山形方人(Masahito Yamagata)