SynBioポータル

合成生物学(Synthetic Biology)のポータルサイトです

新たな産業革命の中核となる「合成生物学」の最新情報、有用性、可能性、振興策、安全性について、社会との関係も含め議論していきます。

バックナンバー2023年11月

 
世界3大感染症マラリアHIV結核)の中でも最も多い世界のマラリア患者数は年間2億4,700万人(2021年)と推定され、毎年60万人以上の死亡者をだしています。そのほとんどは、アフリカのサハラ以南の幼い子供たちです。特に、マラリア原虫が抗マラリア薬などの医療介入に対する耐性を急速に進化させている現状が問題になっています。 ゲノムの監視 (寄生虫DNAの変化を継続的に監視) は、寄生虫の薬剤耐性の背景の理解に極めて重要です。 これまで、このような監視は、マラリアが流行していない先進国の研究所で行われてきました。11月23日のNature Microbiology誌に、英国のサンガー研究所、アフリカのガーナ大学のチームが、現地のポケットサイズのDNA シーケンサーを用いて、ガーナのマラリア薬剤耐性をリアルタイムで追跡できることを報告しています[1]。
 
タンパク質配列データベースからCRISPRを掘り出す
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生物が持つ生化学はきわめて多様であり、その膨大な配列データから意味ある配列を探し出すことは、合成生物学の発展のために重要です。 ブロード研究所のFeng Zhangのチームが、FLSHclustと名付けたアルゴリズムを開発し、炭鉱、ビール醸造所、南極の湖、犬の唾液などで見つかるさまざまな細菌からのデータを含む公開データベースをマイニングしました。その結果、80億のタンパク質と1,020 万のCRISPRアレイを含む 8.8 テラbpのメタゲノムデータベースの中から核酸編集技術であるCRISPRに関連すると考えられる188程度の新しいシステムを発見し、11月23日発行のScience誌で報告しています[1]。 Altae-Tran H. (2023) Uncovering the functional diversity of rare CRISPR-Cas systems with deep terascale clustering. Science. 382:eadi1910. doi: 10.1126/science.adi1910. 一般的に使用されているアルゴリズムによるアプローチは、数十億のタンパク質を含む指数関数的に増加するデータセットのマイニングには非現実的になってきています。 この課題に対処するために、この論文では、配列類似性によってタンパク質をクラスタリングするアルゴリズムであるFLSHclust(fast locality-sensitive hashing-based clustering)を開発しました。このアルゴリズムは、これまでの方法とは異なり、膨大なタンパク質配列データベースを迅速かつ効率的に分析できます。
 
【日曜コラム】サム・アルトマンと合成生物学、次世代型生成AI
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生成AIで人類の脅威となるような生物兵器が製造されるリスクというのは、生成AIの安全性を議論するとき、しばしば語られる例となっています。今週のサム・アルトマン解任騒動でも、こういうことに対する認識をめぐる確執というのが指摘されています。 📌サム・アルトマンと合成生物学 ところで、サム・アルトマン氏も合成生物学に高い関心を持っています。彼は、核エネルギーと合成生物学を学んだ、学んでいると、あちこちで語っています。また、合成生物学への投資にも熱心であるようです。 He learned about nuclear engineering, synthetic biology, investing and AI.(彼は原子力工学、合成生物学、投資、AIについて学んだ。) I think that synthetic biology should be a revolution in terms of how a lot of things get made at massive scale.(合成生物学は、様々なものが大規模に作られるという点で、革命になるはずだと思う。) 📌Q StarとGeminiが合成生物学を変える? OpenAIが進めるQ*(キュー・スター)というAGI(汎用人工知能)を目指すプロジェクト。その数学的なブレイクスルーが、人類に脅威を与えるとして、今回のアルトマン解任騒動のきっかけになったともされています。
 
猫のコミュニケーションと細菌
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多くの動物は化学物質を用いてコミュニケーションをとっています。これらの化学物質には、糞、尿、唾液、腺分泌物に含まれる揮発性の有機化合物(VOC)があります。親族の認識、縄張り防衛、繁殖の宣伝に役立つほか、捕食者の阻止や寄生虫の蔓延を軽減することさえあります。特に腺分泌物は、個体識別、年齢、性別、生殖状態、社会的地位、社会集団に関する情報を持っています。 哺乳類は、VOCを結合または合成できるタンパク質を持っています。しかし、実際には揮発性物質のほとんどは、臭腺に存在する細菌によって産生されていると考えられているようです。 哺乳類の臭気の主な成分は、アルデヒド、アミド、アルカン、アルコール、炭化水素、脂肪酸、エステル、ケトン、フェノール、スクアレン、ステロイドです。 細菌に関しては、飼いイヌの肛門腺には、主にEnterococcus、Bacteroides、Proteusが含まれています。 ジャイアントパンダの肛門生殖腺には、Corynebacterium、Pseudomonas、Porphyromonas、Psychrobacter、Anaerococcusが見られます。 飼いネコの肛門腺の主な臭気化合物は、酢酸、プロパン酸、2-メチルプロパン酸、ブタン酸、3-メチルブタン酸、ペンタン酸などの短鎖遊離脂肪酸です。 これらはヒトの鼻ではほとんど感知されませんが、ネコの行動や社会生活において重要です。ネコは縄張りをマークし、仲間を引き付け、ライバルを撃退します。 カリフォルニア大学デービス校のチームが、DNA配列決定、質量分析、微生物培養を利用することで、飼いネコの肛門腺分泌物のVOCとそれを作る微生物を調べ、11月8日に報告しています。
 
悪玉コレステロールを下げる塩基エディター
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今週は、Verve Therapeutics (NASDAQ: VERV)が、フィラデルフィアで開催された米国心臓協会で、英国とニュージーランドで実施された第1b相試験の中間結果である調査結果を報告したところ、株の売りが殺到し、株価が40%近く急落したことが話題になっています。 Verve Therapeuticsは、2018年、ボストンで設立された企業で、心血管疾患治療への新たなアプローチ、つまりゲノム編集医薬品を開発しています。心血管疾患治療、ヒト遺伝学、遺伝子編集、デリバリー技術、医薬品開発、商業化の各分野に精通した専門家を集めています。 この会社が利用しているCRISPR-Cas9機構を用いた塩基エディターは、従来のゲノム編集アプローチのようにDNAの2本鎖を破壊することなく、遺伝子を非常に正確に「編集」します (単一ヌクレオチド塩基を化学的に変更します)。 この塩基エディターの技術は、2018年に、ハーバード大学のDavid Liuのチームによって開発されたものです。 Verve Therapeuticsが実施しているのは、この塩基編集に関わるRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に入れて、肝臓の細胞に取り込ませ、肝細胞がPCSK9タンパク質を作らなくするというアプローチです。これは、新型コロナワクチンでも利用されているLNP、RNAを使った方法と類似したものです。MIT Technology Review誌の2023年の10のブレイクスルー技術の一つとしても紹介されています。
 
卵を産む哺乳類の再発見
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哺乳類のヒト、家畜、ペットを合成生物学で卵生にしたら、世界はどうなるのだろうと、想像してみるのも楽しいかもしれません。 卵生の哺乳類というと、カモノハシやハリモグラが有名です。卵生のミユビハリモグラ属(Zaglossus)は、単孔目ハリモグラ科に分類される属です。ミユビハリモグラは、第1指と第5指の爪がないので、ミユビ・ハリモグラという和名がついています。 ミユビハリモグラ属Zaglossusには以下の3種が知られています。 Zaglossus attenboroughi アッテンボローミユビハリモグラSir David's long-beaked echidna Zaglossus bartoni ヒガシミユビハリモグラEastern long-beaked echidna Zaglossus bruijni  ミユビハリモグラ Western long-beaked echidna 英国の動物学者、植物学者、プロデューサー、作家、ナレーターであるサー・デイビッド・アッテンボロー(1926年生まれ、存命中)にちなんで名付けられたアッテンボローミユビハリモグラ(Attenborough's long-beaked echidna、Sir David's long-beaked echidna)は、1961年に発見されました。ハリモグラは夜行性で巣穴に住んでおり、非常に警戒心が高いため、見つけるのが難しいことで有名です。 アッテンボローミユビハリモグラは、ニューギニアのサイクロプス山脈以外で記録されたことがなく、現在、IUCN の絶滅危惧種のレッドリストで絶滅危惧種に分類されています。 オックスフォード大学を中心に結成された探検隊が、このほど、60年ぶりにビデオ撮影に成功しました。
 
【日曜コラム】論文の読み方、ニューヨークのバイオが熱い?
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今週は、ニューヨーク大学の研究者を中心とした国際的な合成酵母プロジェクトSc2.0の話題がニュースになっていました。 これらの論文のほとんどは1年ほど前からbioRxiv(プレプリントサーバ)に掲載されていましたので、「正式発表」されたというのが本当のところです。 一般メディアの最新科学ニュースは、実はずいぶん昔のことなんていうことがますます増えています。 一般メディアはプレプリントサーバでの発表は通常報道しないので仕方ないですが、どのタイミングで記事にするのか、難しい時代になりつつあります。 研究している人の立場からすると、論文原稿が完成して投稿した時点で、過去の仕事になってしまっているので、「正式発表」された研究というのはあまりに時間が経過していて忘れかけているなんていうこともあるものです。発表した研究者にとっては昔の研究が、ホットな最新ニュースとして報道されるのですから奇妙な感じがします。一般に、このような大きなプロジェクトというのは、論文発表の時期もかなりコントロールされていることが多いです(例えば、研究費グラントの切り替えの時期などです)。
 
合成酵母プロジェクトのプログレスレポート
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1週間前に、「大規模な哺乳類ゲノム書き換え技術」という記事でマウスES細胞のゲノムを書き換えるmSwAP-Inという技術を紹介しました。この研究を発表したのは、ニューヨーク大学のJef Boeke博士を中心としたチームでした。 同じJef Boeke博士が率いてきた国際研究チームが、今度は真核生物である出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの染色体を人工合成する合成酵母プロジェクトSc2.0の最新の結果をCell誌、Molecular Cell誌、および Cell Genomics誌に10件の論文として11月8日に正式発表(bioRxivに掲載済)しています。 酵母は、さまざまな化学物質をより効率的、経済的、持続的に生産できるようにするバイオテクの主力です。バイオ燃料、医薬品、味、香りの製造に加え、パン製造やビール醸造などの発酵でもよく使用されます。酵母のゲノムをゼロから書き換えることができれば、より強力で、より速く機能し、過酷な条件に対する耐性が高く、目的とする物質の収量が高い合成酵母を作り出すことができるかもしれません。ゲノムがどのように組織され進化するかなど、従来問題となっていたゲノムの基礎科学にも重要です。 合成酵母プロジェクトSc2.0の背景は、こちらの2017年の記事が詳しいです(ちなみに、この記事ではBoeke博士が、ベイキーと書かれています)。 このコンソーシアムは、米国、英国、中国を中心とする世界中の250人以上の研究者による15年間の研究を経て、酵母の16染色体すべての合成バージョンを構築するという目標に近づきつつあります。今回は、8つの新しい合成酵母染色体を構築し(50%を超える合成DNAを含むゲノム)、また付属品として「tRNAネオ染色体」を作りました。研究チームはすでに16本のうち残り2本の染色体も組み立てており、最後の結果は今年の終わりまでに発表される予定とのことです。
 
キャリア形成での分野の切り換え
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合成生物学は、新興分野で学際的な分野ですので、全く別の分野から参入というキャリアの人材が多い分野です。一般論として、科学研究やイノベーションにおいて、そういうπ型(パイ型)人材の存在が極めて重要になってくるわけです。 例えば、大学から大学院、大学院からポスドクといったキャリアの選択において、分野の切り換えを行うことが積極的に評価されなければいけません。日本において、合成生物学のような学際的な分野が盛んになりにくいのは、このようなπ型人材が生きにくい場所になっていることに大きな要因があると言っても過言ではないと思います。 新しいNature誌に、「研究分野をうまく切り替えるには(How to switch research fields successfully)」という文章がでています。 まず、こういうπ型人材が本当に重要なのか、ということをこの論文を引用して説明しています。 Sun, Y. et al. (2021) Interdisciplinary researchers attain better long-term funding performance. Commun Phys 4, 263. https://doi.org/10.1038/s42005-021-00769-z 学際的な研究は世界的に増加しています。 しかし、いくつかの研究では、より専門的な研究に比べて効果が低いことが多く、資金を集める可能性が低いことが示されています。 ここでは、英国の研究評議会から授与された 44,419 件の研究助成金を分析することにより、そのような証拠を照合しようとします。 学際的な資金提供の実績を持つ研究者は、中心性と知識仲介の両方の点で学術共同研究のネットワークを支配しているが、そのような競争上の優位性がすぐに利益につながるわけではないことがわかりました。 マッチドペア分析に基づく我々の結果は、学際的な研究者が短期的には自分の出版物で達成する影響力が低いことを示しています。 しかし、最終的には資金調達パフォーマンスにおいて、量と金額の両方の点で専門に特化した相手を上回ります。 これらの調査結果は、学際的なキャリアを追求するには余分な課題を克服する忍耐力が必要かもしれないが、より成功する努力への道を切り開くことができることを示唆しています。 分野を変えるとどのような不利な点や問題があるのでしょうか。
 
大規模な哺乳類ゲノム書き換え技術
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ゲノム合成は、マイコプラズマ、大腸菌などの原核生物や、出芽酵母などの真核生物で実行されています。しかし、哺乳類のゲノム合成は、ゲノムのサイズと複雑さゆえに、まだ実現されていません。 例えば、マウスのゲノムをヒト化することを考えた場合、ヒトにはあってマウスにない遺伝子も存在し、遺伝子発現を制御するノンコーディング領域、更に遺伝子発現などに微妙な影響を与える塩基レベルの違いもあります。また、ゾウのゲノムをマンモスのゲノムに書き換えるといった場合にも、このような技術が必要になります。染色体のDNAを小さく張り換える、塩基レベルで変換するという小技ではなく、ある大きな領域をそっくり置き換えるような技術の開発は重要です。 大きなDNA (100kb以上) アセンブリの技術とCreなどの部位特異的リコンビナーゼの使用の組み合わせは、哺乳動物ゲノムの大規模な操作に有効な方法です。しかし、このような大きなDNAフラグメントのこれまでの方法では、つなぎ目などに痕跡のような配列が残ることが問題です。また、巨大なDNAをクローニングするYAC、BACベクターなどを使って、大きなDNAを精製後、単に組み込んだ場合、その挿入部位が予測できず、位置効果の影響を受けるため、本来の遺伝子の発現パターンが再現されないこともしばしばです。 つまり、つなぎ目の痕跡も残さず、染色体上の狙った場所を広範囲にわたって操作するようなゲノム工学技術の開発が必要になっています。 例えば、その一つの方法が、Big-INというものです。
 

by 山形方人(Masahito Yamagata)