SynBioポータル

合成生物学(Synthetic Biology)のポータルサイトです

新たな産業革命の中核となる「合成生物学」の最新情報、有用性、可能性、振興策、安全性について、社会との関係も含め議論していきます。

バックナンバー2024年2月

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くせになる独特の風味と香りのブルーチーズに生えた青緑色のカビに抵抗感のある方もおられるかもしれません。 ロックフォールチーズ(Roquefort)はもともとフランスのブルーチーズということですが、アオカビ属(ペニシリウム属)のPenicillium roquefortiは、世界中でブルーチーズの製造に使用されている真菌です。ブルーチーズは、この真菌の増殖によって形成される色素胞子によって青緑色になっています。 1月8日のnpj Science of Food誌に、英国ノッティンガム大学のチームがこの色が生じる生合成経路を解明し、風味そのままの白いチーズを作ることに成功しています。 Cleere, M.M. et al. (2024) New colours for old in the blue-cheese fungus Penicillium roqueforti. npj Sci Food 8, 3. https://doi.org/10.1038/s41538-023-00244-9
 
【日曜コラム】研究評価に関するDORA(ドーラ)って何?
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研究評価とは、研究活動や研究成果に対して何らかの判断を行う行為全般を指します。大学や研究機関といったアカデミアでの研究評価は、研究者の採用・昇進・助成等に関わります。 しかし、最終的には、例えば「どういう研究成果を教科書に載せるか?」「社会に役立つ研究成果とみなすか?」「どんな事業を行うスタートアップ企業に投資するのか?」「どういう研究成果に関係した株を買うのか?」など教育、企業経営、経済にも関わる問題であると思います。 しっかりと評価された科学研究成果に基づく事業なら、確実な結果が期待されるでしょう。一方、評価がいい加減であれば、はったりや詐欺のはびこる世界に足を踏み込むことになってしまいます。日本のバイオ系の場合、しっかりとした科学的な評価に基づかないスタートアップが多いように感じます。日本のバイオ系が弱いのは、的確な評価のできる人材や目利き人材が少ないからではないかと個人的には思っています。ブランド、権威、話だけはうまい人といった印象に頼らず、科学評価力のある人材を大切にし、洗練された科学評価力を鍛えていく必要があります。
 
RNA編集アップデート
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この1週間ほど、RNA編集の臨床利用についてのニュース解説をいくつか見かけましたので、まとめておきたいと思います。RNA編集に基づく少なくとも3つの治療法が臨床試験に入ったか、その承認を取得し、本格的に動き始めているという話題です。 📌RNA編集とDNA編集(ゲノム編集)の違い RNA編集(RNA editing)は、出来上がったmRNAや転写中mRNAの塩基配列を置換、挿入、削除といった生物現象、あるいは人工的に行う操作のことをいいます。 RNA編集とDNA編集の両方ともタンパク質の構造または量を変更したいという点で同じ目的で利用することができます。 RNA編集の特徴は一時的に働くようにできることです。DNA編集は遺伝子を不可逆的に変更してしまいますし、遺伝子にオフターゲット効果を引き起こす可能性があります。一方、RNA編集は、細胞の設計図そのものを書き換えるのではなく、細胞が絶えず作っている新しいmRNAを標的にしているため、それに対する効果のみです。これにより、DNA編集よりも安全な選択肢となる可能性があります。一方で、RNA編集で持続的に効果を出すためには、導入するRNAエディターの量を増やしたり、寿命を延ばす必要があります。これは、不可逆的に染色体レベルで変更するDNA編集のall or noneとなる遺伝学的な効果とは対象的です。
 
進化する人類:チベットとアンデスの人々の高地順応遺伝子
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地理的には離れながら、同じように高地に住むチベットとアンデスの多くの民族(以下、チベット人、アンデス人と呼びます)は、高地での酸素レベルの低下による低酸素条件に耐えられるようになっています。 数多くのゲノム比較研究により、多くの候補遺伝子がヒトの高地順応に関係していることが示唆されています。とりわけ、低酸素に対する細胞応答のマスター転写調節因子である低酸素誘導因子 (HIF) に関係したパスウェイの遺伝子が重要です。 HIF-2のαサブユニットをコードするEndothelial PAS domain protein 1(EPAS1) は、チベット人およびチベット犬といった高地に適応した動物で多型が見られる遺伝子です。チベット人に見られるEPAS1遺伝子の変異は、EPAS1タンパク質のアミノ酸配列の変異ではなく、遺伝子発現の制御に関わるものであるとされます。これは、チベット人の比較的低いヘマトクリット値(赤血球の全容積が全血液中に占める割合、つまり血液の「濃さ」)、および間接的または直接的に適応表現型 (過剰な赤血球増加症からの保護)に関連しています。このチベット人の変異は、絶滅した旧人類であるデニソワ人から受け継いだものと考えられています。
 
ウイルスとウイロイドの間に位置づけられる「オベリスク」とは?
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オベリスク(Obelisk)は、もともと古代エジプトで製作され神殿などに立てられた方尖塔です。米国でもボストンのバンカーヒルやワシントンDCのモールにそのような棒のような建物が立っています。 1月21日にスタンフォード大学を中心とするチームが、棒状の形状に自己組織化する1000塩基ほどのRNAからなる断片が、ヒトの口や腸の中に大量に潜んでいることを査読前のプレプリントとしてbioRxivに掲示して、あちこちで話題になっています。この実体は「オベリスク」と名付けられました。 ウイロイドは独自の複製ポリメラーゼを持たずタンパク質もコードしないcccRNA(covalently closed circular RNA)で、これまで植物で約50種が見つかってきました(下記の(注1)参考)。一方、ヒトのD型肝炎ウイルス (HDV)も、「デルタ抗原」というタンパク質をコードするものの、独自の複製ポリメラーゼは持たず、自分では複製できないことから、従来の典型的なウイルスとは異なるcccRNAをゲノムとするRibozyviriaとしてウイロイド様エレメントとされてきました(下記の(注2)参考)。その塩基数は、ウイロイド、約350ヌクレオチド、HDVが約1700ヌクレオチドです。このことから、動物にもウイロイドや、従来のウイロイド/HDVと類似性のない新たなウイロイド様エレメントが更に存在するのではないか、と推定されてきました。
 
【日曜コラム】危険なデザイナータンパク質の安全管理
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ウイルスには致死的な病気を引き起こす危険なものがありますが、生物が作るタンパク質そのものにも致死的な「毒」性のあるものがあります。例えば、多くのヘビ毒、サソリ毒、クラゲ毒、植物由来のリシン、ボツリヌス毒素や破傷風毒素のような細菌毒はタンパク質です。アミノ酸配列からできているので、DNA合成で配列を合成し、タンパク質を適切に合成させたり、必要ならば切断したりすることなどで調製することは可能です。核爆弾のようなものと違って、大掛かりな施設や装置も必要なく、密かにできてしまうところが怖いところです。 更には、既存の毒を参考にしたり、あるいは全くゼロから、新しい「毒」タンパク質をデザインすることも可能なはずです。特に人工知能を使って、きちんと折りたたみができるようなタンパク質が自由に作製することができるようになってくると、漠然とではありますが、とんでもないものが作れてしまいそうな危うさを感じます。既に、ProtGPT2というような生成AIによるタンパク質デザインAIも開発されており、この分野は生成AIと同じように進展が速いです。生成AIで画像を作るような感じで、タンパク質をデザインするというわけです。2月1日刊行のCell誌は、構造生物学についての総説を掲載しており、そのなかでは最近の状況が説明されています。
 

by 山形方人(Masahito Yamagata)